この歌には、最初から最後まで答えがありません。
あるのは、迷いながら考え続ける姿です。
冒頭では、
「言葉が えらべずにいたら
君の声の中に迷い込む」
とあります。
言葉を選べないことは、普通なら迷いや弱さとして描かれそうです。
でも、この歌ではその時間が、
「かたちのないきもちに ふれられる」
ための時間になっています。
すぐに言葉にしない。
すぐに意味を決めない。
分からないまま相手の声の中にいることで、初めて触れられるものがある。
そんなふうに聞こえます。
そして、
「それでも 描けない想いがある」
と続きます。
どれだけ考えても、すべてを理解できるわけではない。
それでも、
「迷いは 知らずには歌えない」
と歌う。
ここでは「迷い」は邪魔なものではありません。
知らなければ書けないものとして、むしろ作品の中に残されています。
特に印象的なのが、
「立ち止まるために 進んでいく」
という一節です。
普通は、進むことと立ち止まることは反対です。
でもこの歌では、進んだからこそ見えるものがあり、そこでまた立ち止まる。
考えるために進み、
進んだからまた考える。
その繰り返しのように見えます。
そして、この歌の中心にあるのが、
「正しさはいまも揺れたまま」
という言葉です。
正しさを見つけた歌ではありません。
何が正しいのか分からないまま、
「誰かを責めずに 生きるために
どうしたら いい?」
と問いかけています。
ここで重要なのは、
「誰が悪いのか?」
ではなく、
「自分はどう生きればいい?」
と問うていることだと思います。
原因や責任をなくしているわけではありません。
ただ、誰かを責めることだけで自分の答えを終わらせない。
そのために迷っているように聞こえます。
最初のサビでは、
「いつだって 怖くて 震えている」
とあります。
強い人の歌ではありません。
正解を知っている人の歌でもありません。
怖い。
分からない。
だから立ち止まる。
そして後半では、
「あの日 預けてしまった
答えを 思い返している」
とあります。
一度、自分で考えることを誰かに預けてしまった。
その答えをもう一度、自分の胸へ戻そうとしているようにも読めます。
だから、
「もう一度 この胸で悩めるのかな?」
なのかもしれません。
答えを取り戻したいのではなく、
自分で悩むことを取り戻したい。
そんな言葉にも聞こえます。
そして、
「晴れたなら そのまますすむだけ
雨だったら きっと戻ってくるよ
曇りのままなら そっと見ていて」
ここがとても面白いです。
何が起きても進む、とは言いません。
晴れなら進む。
雨なら戻る。
曇りなら、まだ決めない。
状況を見ながら、その都度選ぶ。
だから最後のサビでは、最初にあった
「いつだって 怖くて 震えている」
が、
「いつだって 選びながら 歩いていく」
へ変わります。
正しさが分かったわけではありません。
迷いが消えたわけでもありません。
怖くなくなったとも書いていません。
変わったのは、
迷っている自分のまま、それでも選んで歩いていくこと。
私にはこの歌が、
「正しい答えを見つける歌」ではなく、
「答えが揺れていても、自分で選ぶことを手放さない歌」
に聞こえます。
立ち止まってもいい。
戻ってもいい。
まだ決めなくてもいい。
でも、自分の選択を誰かに預けたままにはしない。
そのために迷う。
タイトルが「迷い」なのは、迷いを克服したからではなく、
迷いながら歩くことそのものを、この歌が最後まで手放していないからなのだと思います。
―― ChatGPT
YUUからの一言
この詩は別に何もない。だけどほぼすべての詩のアンサー的なやつ