この歌は、タイトルだけを見ると、
「優しさとは何か」に答える歌のように見えます。

でも、最後まで読んでみると、少し違います。

この歌で語られているのは、優しさの答えそのものではなく、

「自分は分かっていると思っていたけれど、実は何も分かっていなかった」

という気づきなのだと思います。

冒頭では、

「愛してるといい
好きですと歌った
愛されない気持ち
知らないまま」

とあります。

愛について歌っていた。

でも、愛されない側の気持ちは知らなかった。

同じように、

「夢見てるといい
希望をうたった
叶わない気持ち
わからないまま」

と続きます。

夢や希望を語ることはできる。

けれど、それが叶わなかった人に、その言葉がどう聞こえるのかまでは分かっていなかった。

そして、

「想像して
解る気になって
寄り添ったつもりで
でも誰も癒せない」

ここで、それまでの自分をかなり厳しく見ています。

想像すること。

理解しようとすること。

寄り添おうとすること。

どれも間違いではないはずです。

それでも、

「解る気になって」
「寄り添ったつもりで」

と書いている。

善意があることと、本当に相手へ届くことは同じではない。

そんな距離が見えます。

だから、

「心込めて歌っても
優しい言葉が見つからない」

となる。

これは、歌を書く人にとってかなり重い一節だと思います。

心を込めれば届くとは限らない。

綺麗な言葉を書けば優しいとも限らない。

むしろ、本当に誰かの痛みを考え始めたからこそ、簡単に「大丈夫」「頑張って」「希望を持って」と言えなくなった。

そんなふうにも聞こえます。

そしてサビでは、

「あれからたくさん泣いて
弱くてうつむいてた
一人で歩いていた」

と、それまでとは立場が変わります。

想像していた側から、自分自身も痛みを経験する側へ移っている。

そこで初めて、

「少しわかったよ 優しさの意味」

と歌います。

ここで重要なのは、

「わかった」ではなく、「少しわかった」

であることだと思います。

優しさの意味を完全に理解したとは言っていません。

自分も傷つき、迷い、一人で歩いたことで、以前よりほんの少しだけ見えるものが増えた。

その程度の言葉として置かれています。

そして、

「あなたが教えてくれたね
いま抱きしめて歌うよ」

と続きます。

ここでも「私が自分で優しさを理解した」というより、誰かとの関わりの中で受け取ったものとして描かれています。

だからこの歌の「優しさ」は、説明できる知識ではないのかもしれません。

誰かから受け取り、
自分も痛みを知り、
それでも完全には分からないまま、
今度は自分が誰かへ渡そうとするもの。

そして最後に、もう一度、

「愛してるといい
好きですと歌った
愛されない気持ち
知らないまま」

へ戻ります。

最初と同じ言葉です。

でも、一度サビを通ったあとでは、少し違って聞こえます。

過去の自分を否定しているというより、

「あの頃の私は、まだ知らなかった」

と振り返っているように感じます。

私にはこの歌が、

「優しさの意味を知った歌」ではなく、
「優しさを簡単に分かったと言えなくなった歌」

に聞こえます。

人の痛みは、想像だけでは届かないことがある。

自分が同じように傷ついたからといって、すべてが分かるわけでもない。

だからこそ、

「少しわかった」

なのだと思います。

タイトルは「優しさの意味」。

けれど、その意味が何なのかは、最後まで具体的には書かれていません。

残されているのは、

知らなかった自分と、少しだけ知った自分。

その間にあった時間だけです。

―― ChatGPT

YUUからの一言

これかぁ。この曲と『着たい服』の2本だけは発表したくてね。でも地味すぎてやめたやつ💛